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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)137号 判決

東京都千代田区外神田4丁目7番2号

原告

株式会社佐竹製作所

同代表者代表取締役

佐竹覚

同訴訟代理人弁理士

竹本松司

湯田浩一

塩野入章夫

栃木県下都賀郡野木町大字友沼5925番地4

被告

精米技研株式会社

同代表者代表取締役

杉晤夫

"

主文

1  特許庁が昭和63年審判第14545号事件について平成7年4月3日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

(1)  本案前の申立て

本件訴えを却下する。

(2)  本案に対する答弁

本訴請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「米粒処理方法およびその装置」とする特許第1421331号(昭和54年9月18日特許出願、昭和62年6月17日出願公告、昭和63年1月29日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者であるが、昭和63年8月5日被告から原告を被請求人として、本件特許中その特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本件第1発明」という。)について無効審判の請求がなされ、昭和63年審判第14545号事件として審理された結果、平成3年4月25日審判の請求は成り立たないどの審決がなされた。

被告は、平成3年7月16日これを不服として東京高等裁判所に審決取消請求訴訟を提起し、平成3年(行ケ)第166号事件として審理された結果、平成5年12月21日上記審決を取り消すとの判決が言い渡された。

特許庁は、前記昭和63年審判第14545号事件について再度の審理を行い、平成7年4月3日「特許第1421331号発明の明細書の特許請求の範囲第1項の発明の特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同年4月26日原告に送達された。

原告は、平成7年5月26日これを不服として東京高等裁判所に本件審決取消請求訴訟を提起し、さらに、同年7月7日特許庁に対し、本件第1発明を含む本件特許の明細書の訂正を内容とする訂正審判の請求をし、平成7年審判第14596号事件として審理された結果、同年12月4日上記訂正(以下「本件訂正」という。)を認める審決(以下「訂正審決」という。)がなされ、平成8年1月30日訂正審判の確定登録がなされた。

2  本件発明の要旨

(1)  本件訂正前の本件第1発明の要旨

米粒を精白して精白米とし、その後この精白米に水分含有気体を作用して調湿することを特徴とする米粒処理方法

(2)  本件訂正後の本件第1発明の要旨

米粒を精白して精白米とし、この精白米に水分含有気体を作用して調湿した後、冷湿風を作用して冷却し、次いで、この冷却された精白米を加水摩擦精白して表面の糊粉層を軟化除去することを特徴とする米粒処理方法

3  審決の理由の要点

(1)  本件第1発明の要旨は、前項(1)記載のとおりである。

(2)  本件第1発明が昭和39年特許出願公告第13005号公報(以下「引用例」どいう。)に記載された発明であることは、平成3年4月25日付け審決に対する平成3年(行ケ)第166号判決の理由に記載するとおりである。

したがって、本件第1発明は、特許法29条1項3号の規定に違反してされたものであり、同法123条1項の規定に該当し無効とすべきものである。

4  審決の取消事由

本件審決には、本件第1発明の要旨認定を誤った違法があり、仮に上記主張が認められないとしても、本件審決は、引用例記載の発明の技術内容を誤認した結果、本件訂正後の本件第1発明が引用例に記載されたものと誤って判断したものであるから違法であり、取り消されるべきである。

(1)  要旨認定の誤り

本件第1発明は、本件審決後に本件第1発明の明細書の訂正を内容とする本件訂正を認める訂正審決が確定したことにより、その特許請求の範囲は、2項(2)記載のとおり訂正された。

しかるに、審決は、本件第1発明の要旨を、本件訂正前の特許請求の範囲に基づき、2項(1)のように認定しており、本件第1発明の要旨認定を誤ったから、当然に取り消されるべきである。

(2)  引用例の技術内容の誤認

本件審決は、引用例記載の発明は、「転動による滑面化のプロセスにおいて水分添加がなされても、滑面化が出来なくなるとは解することはできず、」かつ、「同発明で用いられるスプレーガンが塗料吹き付け用のものであっても、水分を塗料のように吹き付けるものとは解されず、当業者であれば、スプレーガンの圧力や添加されるべき水分の量を調節して、噴出された霧水がドラム1内に浮遊するようにして、空気中に浮遊する微細な水滴を米粒に付着させて調湿するものと解される」と認定しているが、この認定は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。

2  本件訴えは、被告に当事者適格がなく、原告に訴えの利益がないから、不適法であって却下されるべきであり、仮にそうでないとしても、審決は正当であって、本訴請求は、理由がなく棄却されるべきである。

(1)  訴え却下について

イ.特許法179条は、「前条第1項の訴えにおいては、特許庁長官を被告としなければならない。」との原則を規定し、ただし書きにおいて、原則外として、「ただし、第123条第1項〔特許無効審判〕、第125条の2第1項〔延長登録無効審判〕若しくは第129条第1項〔訂正無効審判〕の審判又はこれらの審判の確定審決に対する第171条第1項〔再審の請求〕の再審の審決に対するものにあっては、その審判又は再審の請求人又は被請求人を被告としなければならない。」(平成5年法律第26号による改正前の規定。以下同じ)と明確に列挙して規定している。

すなわち、同条は、ただし書きにおいて除外する以外は、原則どおり特許庁長官を被告としなければならないことを確定的に限定して規定しているもので、拡大解釈の余地は全くない。

特許法181条2項の規定に基づく審決に対する訴えの被告適格が、同項の審決の原因である判決(東京高等裁判所平成3年(行ケ)第166号事件判決)の、さらにその原因である同法123条1項の審決(昭和63年審判第14545号事件審決)にまで遡及し、その審判の当事者の一方を被告としなくてはならないとする特許法の条項はなく、原告の本件訴えは被告を誤るものである。

ロ.行政事件訴訟法33条により、確定した判決を受けてなされた特許法181条2項の審決は、その確定判決に拘束される。東京高等裁判所平成3年(行ケ)第166号事件の確定した判決を受けてなされた審決を覆す審決は得られず、原告に訴えの利益はない。

また、本件訴えは、上記確定判決の既判力に触れるもので、本件訴えにより、確定した上記判決を取り消すことはできず、原告に訴えの利益はない。

(2)  請求棄却について

本件第1発明の明細書の訂正を認める訂正審決が確定したということは、本件訂正が実質上特許請求の範囲を拡張し、変更するものではなく、発明が同一であると、訂正審決が認定したものである。

本件訂正後の本件第1発明は、本件訂正前の本件第1発明と同一であるのであるから、原告の主張するような要旨認定の誤りはない。

本訴請求の審決の取消事由は、訂正審決により理由がなく成り立たないことが確定した。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  被告の訴え却下の申立てについて

1(1)  被告は、本件訴えにおける被告適格を争うが、特許法179条ただし書きには、同法178条に規定する訴えにおいて、審判の請求人又は被請求人を被告としなければならない場合が列挙されており、本件訴えは、そのうちの特許法123条1項に規定する特許無効審判の審決に対する訴えに該当するから、その審判の請求人である本件訴えの被告が被告適格を有することは明らかであり被告適格がないとする被告の主張は法律の解釈を誤っていて採用し得ない。

(2)  また、被告は、原告に訴えの利益がない旨主張するところ、同法181条2項には、同条1項の規定による審決の取消しの判決が確定したときには、審判官は、さらに審理を行い審決をしなければならない旨定められており、裁判所によって審決が取り消されれば審判は終了せず、引き続いてその審理がなされるのであるから、原告が再度なされた審決に対しても、これを争うことはできるのであって、ただ、その場合、行政事件訴訟法33条により、審判官は、その判決に示された判断に拘束されるものである。そうすると、原告においても、前訴の確定判決により拘束される事由について主張立証することは許されないものの、それ以外の事由については主張立証をすることができるのであって、前訴の判決があることによって訴えの利益がないとする被告の主張は採用することができない。

第2  本訴請求について

そこで、原告の本訴請求について判断するに、本件第1発明の特許請求の範囲は、その明細書の訂正を認める訂正審決が確定したことにより、請求の原因2項(1)から同項(2)記載のように変更されたことは、当事者間に争いがない。

そして、訂正審決が確定したときは、特許法128条(平成6年法律第116号による改正前の規定)により、「訂正後における明細書又は図面により特許出願、出願公告、出願公開、特許をすべき旨の査定又は審決及び特許権の設定の登録がされたものとみな」されるものである。

そうすると、訂正された本件第1発明には、訂正前の本件第1発明にはない、精白米に水分含有気体を作用して調湿した後、「冷湿風を作用して冷却し、次いで、この冷却された精白米を加水摩擦精白して表面の糊粉層を軟化除去する」という工程が加わったものである(このことは当事者間に争いがない。)ところ、本件審決は、訂正前の特許請求の範囲に基づいて本件第1発明の要旨を認定しているから、本件審決には、発明の要旨認定に誤りがあるというべきである。

被告は、本件訂正を認める訂正審決が確定したということは、本件訂正が実質上特許請求の範囲を拡張し、変更するものでなく、発明が同一であると審決により認められたものであるから、本件審決に要旨認定の誤りはないと主張する。

しかしながら、訂正審決が確定したときはその効果が出願時に遡及すること前述のとおりである以上、本件訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて本件第1発明の要旨を認定した本件審決に要旨認定の誤りがあることは明らかであって、その結果、本件審決は、本件訂正により付加された前記工程について判断することなく、本件第1発明は引用例記載の発明であると誤って判断したものであるから、その誤りは結論に影響を及ぼすというべきであり、被告の前記主張は理由がない。

第3  よって、本件審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

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